たとえば、全てを失ったと嘆く人が居るとしよう。
彼が現状を指して、歴史や大衆の残酷さを嘆いてみせても、「歴史」が、そのような残酷さを忘れた瞬間など、かつて一度もなかったのだと言うことを、やがて彼は思い至るだけだ。
そこで彼は、或いは多くの人々は、自分らしさや、存在の意味や、己の有用性を汲々として探し求め、彷徨う。
人々がやがて、そのようなあてのない旅を止め、ふと、あたりを見渡すように視線をめぐらした先にあるものは、畢竟、混沌か焦燥か、グロテスクな夢か、無情な“現実”でしかないのかも知れない。