願うように書きたい。祈るように読みたいー。
 
大岡昇平の涙

大岡昇平の涙


 ルソン島中西部のフィリピン(ミンドロ島)において暗号手として戦地にいた大岡昇平が、アメリカ軍の俘虜となり、レイテ島タクロバンから復員して来たその苛烈な体験を一編の小説に書こうとしたとき、

「あんたの魂のことを書くんだよ。描写するんじゃねえぞ」と言ったのは、

大岡が学生の頃、彼の家庭教師でもあり文学上の先達であった批評家・小林秀雄である。

 最近、小林秀雄の「批評家失格 新編初期論考集」(新潮文庫)を読んだ。

 その中に「近頃感想」というぶっきら棒なタイトルの雑感がある。

「嘘をつくからいけないのだ。己を語ろうとしないからいけないのだ。

借りもので喋っているから種切れになるのである。

身についた言葉だけ喋っていれば、喋る事がなくなるなんて馬鹿馬鹿しい目には決して会わぬ。

借りもので喋るとは言葉への冒涜である。

言葉は思想の奴隷だなどと高をくくっているから言葉に仇を取られるような始末になるのだ。

(中略)

文芸上のリアリズムとは、その核心は、自分という特異な全個体の科学にある。

(中略)

人は持って生まれた処を語る以外何事も出来ぬ。

私は自分の道が危難に満ちている事をよく知っている。」

 この文章を読んだとき、とりわけ「特異な全個体の科学」という言葉、それと同じニュアンスの言葉を私は以前見たことがある、どこかで読んだはずだ、と感じた。

「君の涙を自分で分析して見給え」というのがそれだった。

 この言葉は、大岡昇平がその評伝「小林秀雄」の中に書いているものだ。

 まだ若かった大岡昇平が、小林に言われた言葉として。

 小林が大岡昇平にこの言葉を発するに至る経緯は大体以下のようなものである。

 ある日、小林と中原と長谷川泰子、「三人関係」問題の頃、大岡は、その場面に接することになった。

 中原が泰子と喧嘩になり、泰子を殴った。二人の喧嘩の間、それまで黙って下を向いていた小林はその時、中原の手を掴み、テーブルに押さえつけた。

 腕力では段違いの小林に押さえつけられて動けない中原。

「小林は下を向いたままだった。中原は放心したような顔を天井に向けていた。抑えられてうれしいとも取れる表情だ。」

「十八歳の少年にとって、この場面の印象は強すぎた。」と大岡は書いている。

「飲み慣れない酒も手伝って、思わず貰い泣きした」という大岡少年。

 その涙を見て、小林秀雄は店を出る時、のちの「野火」「俘虜記」「レイテ戦記」等の作家、大岡昇平に「涙を分析しろ」と言ったのである。

 「涙を分析」するとは、創作者の感受性を持った者にとって、大変重たい言葉であると思われる。

 涙とは何か。

 この場合それは、感情が形を持ったものである。

 だから、小林は、うら若い少年に自らの感情を分析しろ、と言ったに等しい。

 やや乱暴な言い方をするなら、自らの感情を分析し、それを自らの理知(言葉)で書き付ける時、人は「作家」になると言えるのだろう。